映画カツベンの映画活動弁士ってなんだ?

 「カツベン」

12月13日から映画カツベンが上映される。カツベンって何と思った人も多いだろう。
カツベンとは活動弁士のことで、映画がまだ音声がなかった無声映画時代に映画解説者として映画の上映中に映画の説明をした職業のことだ。映画では100年前を舞台に当時の人気の職業であった活動弁士に憧れた若者 俊太郎を主人公に小さな町の閑古鳥のなくような映画館を舞台に一癖も二癖もある活動弁士たちと繰り広げるコメディになっている。

映画監督は、「Shall we ダンス?」「それでもボクはやってない」の周防正行監督だ。主人公の俊太郎役を演じるのは、「スマホを落としただけなのに」「人間失格 太宰治と3人の女たち」など話題作に続けて出演し、今回の映画が映画初主演となる新進俳優の成田凌さんだ。

ヒロイン役には「アシガール」で主演を演じ話題になった黒島結菜さんが演じるほか、永瀬正敏、高良健吾、井上真央、音尾琢真、竹野内豊ら周防組初参加のメンバーに加え、、個性豊かな竹中直人、渡辺えり、小日向文世さんら周防組常連陣が顔をそろえている。

活動弁士

映画で取り上げられている活動弁士は、明治29年に初めて日本で映画が公開されたが、音のない無声映画だった。欧米では、映画の中のセリフや背景解説と伴奏音楽によって上映されることが多かったが、日本では浄瑠璃等の伝統があり、その影響で口頭で映画の横で弁士が説明したりセリフを交えて解説することが主流になった。戦前は娯楽が少なく、無声映画が国民の最大の娯楽になり、その中で活動弁士が活躍するようになった。

徳川夢声などの名弁士がかつやくするようになった。弁士は舞台上でななめに構え、奥のスクリーンと観客席を交互に見ながら語るのが恒例となった。
1927年には全国に約7500人の活動弁士が活躍していた。しかし、その後、映画技術の進歩により、トーキー映画(音声入りの映画)が開発され、普及するようになると無声映画はすたれてしまい、活動弁士たちは廃業に追い込まれた。一部の人たちは漫談家に転身したり、映画会社の経営者に転身した人たちもいた。活動弁士の最大のピンチだったのが、弁士がわずか数人となった90年代だったという。

活動弁士の灯を絶やさないように、2000年、東京・鶯谷に無声映画を上映するレストラン「東京キネマ倶楽部」が開業された。それ以後若手弁士が他業種とのコラボや海外公演を行うなどして活動を活性化させ、十数人の弁士が今も活動している。

最近、東京都渋谷区の映画館で開かれた「無声映画祭」が開かれた。名優阪東妻三郎が主演するチャンバラ作品「雄呂血(おろち)」(1925年)の映像と生演奏に合わせ、弁士が町娘から剣士まで一人で何役もの声色を使い分けて演じた。75分の上映時間、ほぼしゃべりっぱなしの熱演に、約50人の観客が聴き入っていたのだ。徐々に人気が出てきた活動弁士。今回のカツベンの映画化により、改めて活動弁士に脚光があたるだろう。映画館でじっくり見てみたい映画だ。

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